瑠璃光寺五重塔(西の京やまぐちを散策)

瑠璃光寺五重塔は山口市にある国宝

福岡市から車で約2時間の山口市に「国宝瑠璃光寺五重塔」があります。全国に現存する五重塔で10番目に古く、美しさは日本三名塔と言われることもあるように奈良県法隆寺、京都府の醍醐寺に並ぶ奥ゆかしく美しい五重塔です。

瑠璃光寺五重塔は相輪の尖端までが31.2メートルの檜皮葺の屋根で室町時代嘉吉2年(1442年)頃建立された大内文化の最高傑作といわれています。

塔の横には歴史小説家司馬遼太郎氏「街道をゆく長州路より」の中に記された石碑が建立されています。 

「長州は、いい塔をもっている」と、惚れぼれするおもいであった。長州人の優しさというものは、山口に八街九陌をつくった大内弘世や、ザビエルを保護した義隆などの大内文化を知らねばわからないような気もする。(街道をゆく 原文より) 

と記されてあります。何回訪ねても本当にほれぼれする塔です。

瑠璃光寺五重塔冬景色
薄っすら雪景色の瑠璃光寺五重塔
枕流亭側から見た瑠璃光寺五重塔

瑠璃光寺の敷地内には幕末、薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀らが山口を訪れた際宿泊した「枕流亭」が移築されており自由に立ち入れます。長州藩の木戸孝允、伊藤博文、広沢真臣らと倒幕に向けた薩長の連携の密談を行った場所で、現在の山口駅周辺の道場門前を流れる一の坂川近くにあった建物が移築されました。一階は維新の偉人たちの展示があり二階は密談が行われた床の間がある座敷で、窓から五重塔を眺めることがきます。

枕流亭
枕流亭
枕流亭説明

瑠璃光寺五重塔が鎮座する香山公園内の「瑠璃光寺」(曹洞宗)は大内氏を滅ぼした陶氏の菩提寺が移築されたもので、大内氏が建立した「瑠璃光寺五重塔」と同じ敷地内にあるというなんとも因果な関係にあります。

瑠璃光寺
大内弘世の銅像

香山公園枕流亭の南側には「萩藩主毛利家墓所」もあり毛利敬親公はじめ毛利本家関連の七人の墓所となっています。墓所手前のうぐいす張りの石畳は音を立てるとキュンキュンと鳴り響くポイントがあります。

うぐいす張りの石畳
毛利敬親公墓所

毛利敬親は別名「そうせい候」と呼ばれ、長州藩の若者たちの進言に対し「そうせい」と彼らの意思に任せ行動させました。幕末の混乱期に有能な家臣を登用し、若い才能を庇護することで窮乏していた長州藩を豊かにしました。長州藩からは幕末、桂小五郎、吉田松陰、高杉晋作、久坂玄瑞など多くの人材が現れます。結果とし明治維新を成し遂げるきっかけとなりました。

「西の京やまぐち」は幕末・明治維新のファンはもちろん楽しめますが、山口駅周辺から山口県庁周辺をちょい旅散策だけでも十分楽しめるところです。 近くには「ザビエル記念聖堂」・「一の坂川」・「雪舟庭」・「菜香亭」・「湯田温泉」など見どころも満載です。下関・萩・津和野・長門までは訪れてはいるものの未だ立ち寄ったことのない皆さん、是非「西の京やまぐち」をちょい旅してみてください。

ザビエル記念聖堂
瑠璃光寺近くを流れる一の坂川
雪舟庭
山口駅の姫だるま
菜香亭前明治維新策源地の碑

今回も番外編となり、九州関門海峡を越えた「ちょい旅」の紹介になりましたが、福岡市周辺から2時間程度のポイントですのでご容赦ください。

瑠璃光寺五重塔アクセス

〒753-0081 山口県山口市香山町7  

中国自動車道小郡ICから車で20分         

JR山口線山口駅より徒歩約20分